レイクサイドロッヂ 40周年記念 〜Lakeの歴史〜

レイクサイドロッヂ40年の歴史オーナー、通称WILD GORIの夢の形が清津レイクサイドの始まりです。自然と人をこよなく愛する男が、無知、無能の無茶を承知で挑んだこの家には、笑と涙のめちゃくちゃな想いがぎっしり。
それでも、一度かけだした大きな夢には、やまぬ希望と挑戦がありました。「楽しかった!また来たい!」やるからには訪れる人にビックリするような思い出を持って帰って欲しい!我が家ではいつもそう話しています。「普通じゃツマンナイだろ?」と。自然や人は表情を変えるから…四季があり、時代がある。その時々を一緒に過ごす事も切に願っています。一度ではなく何度も。自然に同じ景色は無いし、同じ時間は訪れないのですから。信頼や共感から得られる景色もまた格別です。
そもそも、一方的な時間の共有を求めるといった、何ともわがままな想いが強い事!それでも、多くの酒瓶は空になり、眠れない夜は続いたのでした。かれこれ、40年になります。

レイクサイドの歩み

1966年: ノートに書きためた落書きから始まる。夢は山小屋を建てる事。
1972年: 営業許可取得。大勢の友人の支えがあり、国道17号線沿いに清津レイクサイドロッヂをOPEN。
1980年: 家族経営開始。
1982年: 長女誕生を機に移転。
1990年: 増築
2007年: 相続。どの位の想いがどれだけ遺伝しているかわかりませんが、二人の子へ。
レイクサイドロッヂ40年の歴史


Lakeの七不思議の一部

この地を選んだきっかけは?

レイクサイドロッヂ40年の歴史当時、清津川ダムの建設が試案されていました。行く末は湖のほとりに小さな家で老後を過ごしたいと考えていました。
なので、リバーサイドではなく、レイクサイドと名付けました。
今となっては夢物語にすぎませんが、興味を持って名前の由来を聞いてくださる方も多く、小さな笑い話が出来る事が楽しみです。


どこまで手作り?

レイクサイドロッヂ40年の歴史宿屋としての「おもてなし」を考えた時に人の手でつくられる温もりを大切にしたく試行錯誤しました。多くの人と楽しみを共感する場所として出来る限りのこだわりを組み込みました。河川敷に畑を作り、無農薬野菜をふるまう事、海外のキャンプ場の様なBBQスペース、魚を飼う池を小川の様に、一度は浸かってみたい五右衛門風呂、極寒の地には欠かせない薪ストーブ。制作にあたっては、どれもこれもが一人で携わった訳ではありません。多くの人との時間の共有の中で成し遂げた物ばかりです。一緒に場所を作るという作業も宿屋の経営には欠かせない醍醐味でもあるのです。


どうしてイベントが多いのか?

レイクサイドロッヂ40年の歴史上記でも記した通り、「普通じゃツマラナイだろ?」その気持ちと「何をして遊んだら喜ぶかな?」訪れる人に対して、その気持ちを常に持っていました。それは自然な流れの中でイベントを主催する事に繋がったのです。それも、小さな子どもから年配の方までと年齢、性別、関係なく楽しめる事が重要です。そのためには様々な失敗も繰り返し、それがかえって楽しみに繋がるような出来事も多かったと今では思っています。一人で出来る事は限られており、楽しみを共感するのにも一人では出来ない事。レイクサイドに宿泊するといった共通の理由で、皆で一緒に遊ぶ楽しさを分かち合っていきたいのです。


40周年を迎えるにあたって

レイクサイドロッヂ40年の歴史夢や理想を追い、駆け抜けた40年でした。いつも楽しい事ばかりではなかった事も事実ですし、むしろ、一人で出来なかった事ばかりです。ここまでLakeと共に歩めたのは多くのお客様のご理解とご協力を飛び越えた愛情からだったと思っております。「感謝」という気持ちを40年分だとすると、どう表現したらいいのか…言葉では伝えきれない想いばかりです。多くのお客様の支えがあり、40周年を迎えられます事、心よりお礼申し上げます。誠にありがとうございました。

40年分のお礼と致しまして、大それた飾りを付ける事は出来ませんが、40年という月日が生んだかけがえのない思い出を胸に皆様とより一層楽しい思い出をはぐくめるよう営業を続けて参りたいと思います。継続して楽しみを分かち合える事が何よりものお客様への恩返しだと思っています。お客様との思い出の地を少しでも長く築ける事に幸せを感じている次第です。40年分の写真を整理してお待ちしています。
思い出をめぐる事、新たに作る事、今後ともレイクサイドをよろしくお願い致します。


- 清津 レイクサイドロッヂ -
佐藤 秀昭・智子・藍・梁太